真夏の東京五輪 「訪日外国人の命はわれわれが守る」大学生による医療通訳ボランティアチームが始動

2015年9月4日 産経新聞

 開催まで5年のカウントダウンが始まった2020年東京五輪パラリンピック。五輪をサポートするボランティアの担い手として期待される大学生たち育成しようと、各地の大学では講義を設けカリキュラムに組み込み単位を取得できるようにしたり、学生主導で講習を開いたりする活動が広がっている。こうした中、東京大や日本大などの医学部に通う学生らが今年7月、医療通訳のボランティア「Team Medics(チーム・メディックス)」を立ち上げた。訪日外国人の増加に伴い、医療現場では外国人患者受け入れ体勢の整備が急務になっており、学生たちの活動に熱い視線が注がれている。

 「Is the pain sharp or dull?(激痛ですか、鈍痛ですか?)」

 8月上旬に都内で行われた「チーム・メディックス」初の勉強会。出席した約30人の学生たちは、緊張した表情で英語による模擬問診を繰り返した。

 外国人が医療機関を受診する際、症状を的確に伝えられるよう支援する医療通訳ボランティア。命に関わることだけに、語学力のみならず専門知識も必要とされる。

 同団体には首都圏にある大学の医療系学部で学ぶ学生ら約90人が参加。医師資格を持たない学生のため医療行為はできないが、国際イベントなどで医療に関する英語ボランティアとして患者の誘導や、日本の病院に持参するための問診票の作成、病状に合わせた医療機関の紹介をすることが活動の目的だ。

 リーダーを務める日大医学部2年の鈴木あみさん(21)は結成理由について、中学時代に3年間スイスに留学した経験を挙げる。「海外で病気やけがをするととても心細い。英語が通じることで、日本を訪れた外国の方々に少しでも不安を減らして医療機関を受診してもらいたい」と話す。

 鈴木さんが大学で医学英語の授業を受講したところ、訓練を重ねていくと年次の終わりには語彙も増え、基本的な問診がとれるようになることを知った。国ごとに異なる薬の名前や、判別しにくい症例もあるため慎重を期す必要はあるが「私たち学生にも支援できることがある」と感じ、学生らに呼びかけると、すぐに賛同者が集まった。

 メンバーの学年は1~6年まで幅広く、留学経験者もいるため各自の医学知識や英語力には差がある。鈴木さんはこうした課題も前向きにとらえ「医学知識や英語のレベルが高い学生は、他の人に教えることで理解をより深め、低学年の学生や英語が苦手な学生は、同じ医学生から教わることで良い刺激になるはず」と期待を込める。

 救急救命士を目指して勉強しているという国士舘大体育学部4年、西村隼人さん(21)も「自治体によっては、英語や中国語、スペイン語など主な言語に対応した『救急隊会話カード』の導入も進んでいるが、実際にコミュニケーションができるのとできないのでは患者さんの心理も違ってくると思う」と話す。カナダに留学が決まっているといい、「海外の事例も積極的に学びながら、患者さんの気持ちに寄り添える救命士になりたい」と希望を燃やす。

 チーム・メディックスが注目するのが、2020年東京五輪の開催期間だ。7月24日から8月9日まで予定されているが、今年の気温と照らし合わせてみると、30度以上の真夏日が7日、35度以上の猛暑日は10日を数える。

 パラリンピックは8月25日から9月6日までの予定だが、近年、9月上旬でも残暑が厳しい傾向にある。

 東京五輪パラリンピック期間中には、文化イベント参加者などを含め約80万人もの外国人が東京を訪れると予測されている。真夏の開催だけに、鈴木さんは「命にも関わる熱中症の患者が相次ぐ可能性は高い」と話す。1964年の東京オリンピックでは、競技会場で約4000人の外国人が救護された記録があるという。

 外国人が日本観光の感想を書き込むインターネットの情報共有サイトには、「日本の暑さを甘く見たらだめ」「湿度の高さが息苦しくて、アフリカの暑さより堪えた」などの書き込みが相次ぐ。

 中には「『heatstroke(熱中症)』って単語を初めて知った」という人もおり、熱中症対策として水分だけでなく塩分もとらなければいけないことや、冷却シートを身体のどの部分に貼るのが効果的かなどを伝える動画の再生回数が伸びている。

 チーム・メディックスでは今後も定期的に勉強会を開き、医療用語や海外の医療保険制度を学びながら実践を重ねていく予定だ。現メンバーのほとんどは5年後には卒業しているが、後輩を育てて医療支援の実現を目指す。

 日本政府観光局の調べでは、平成26年の訪日外国人客は1341万人で、22年に比べ56%増加した。

 厚生労働省は昨年9月、医療通訳のレベルを維持するために必要な研修や指導の基準についてまとめた「医療通訳育成カリキュラム基準」をホームページに掲載した。医療通訳を重点的に配置する拠点病院の整備にも乗り出しているが、東京五輪パラリンピックまでに訪日外国人旅行者数2000万人をめざす日本にとって、医療通訳サービスの充実は喫緊の課題だ。

 医療シンクタンク「JIGH」(東京都港区)は、日本政府の方針もあり、海外から患者を受け入れる「医療インバウンド」が進むとみている。医療通訳に対するニーズが高まるのは確実として、担当者は「まずは東京五輪を目指して、医療界全体が準備を進める必要がある。医療に関わる学生たちからボランティア団体が誕生したことは注目すべきことで、経験を積み、現場に反映させていけるよう継続的な活動を期待したい」と話している。