医療通訳の育成支援…外国人旅行者増加で厚労省

2014年1月8日 読売新聞

 日本を訪れる外国人旅行者が昨年、初めて年間1000万人を突破したことを受け、厚生労働省が新年度、急病やけがの際の受診を手助けする「医療通訳」の育成支援に乗り出す。

 現在は公的な資格がなく、民間団体などが育成を担っているため取り組みに地域差があるのが実情だ。東京五輪パラリンピックが開催される2020年に向け、旅行者はさらに増えると見込まれ、専門家は「観光立国にふさわしい受け入れ態勢を」と指摘する。

 京都市立病院の診療室。患者の香港出身男性と医師の横で、中国語通訳の木村霞(かすみ)さん(50)が「せきが1か月も続いている」「ぜんそくやアレルギーはありますか」と交互に訳していく。診察後、男性は「症状を詳しく伝えることができた」と安心した様子で語った。

 同市は04年度以降、NPO法人「多文化共生センターきょうと」などと連携し、英語、中国語、韓国・朝鮮語の通訳を4病院に派遣している。通訳として登録されているのはプロの通訳のほか、会社員、主婦ら約20人。木村さんもその一人だ。費用は1回3000円で、市と病院が半分ずつ出し、本人負担はゼロ。利用は年間約1500件に上る。木村さんは「患者さんが適切な医療を受けられるよう、医療通訳の存在を広く知ってもらえたら」と期待する。

 神戸市でも、NPO法人「多言語センターFACIL(ファシル)」が市や3病院と連携して医療通訳を派遣。通訳への報酬5000円のうち、1500円を患者が、残りを病院が負担している。

 ただ、これらの医療通訳の導入地域でも人数や派遣のシステムが十分とはいえないのが実情で、医療通訳が育成されていない都市では問題が表面化している。

 奈良市東大寺で昨年4月、観光中のシンガポール人男性が転びそうになって手首を痛め、救急搬送されたが、市内13の医療機関に外国語に対応できないことなどを理由に断られた。病院の多くは留学経験がある医師らに頼っており、関係者は「語学ができる医師が不在の休日や夜間は断ることもある」と明かす。

 こうした現状を改善しようと、厚労省は14年度、医療通訳の育成・派遣の支援を始める。大学病院やNPOなど育成機関への費用補助のほか、育成カリキュラムの作成も予定、予算案に約2億8000万円を計上した。

 経済産業省は、外国人が高度な医療を求めて訪日する「医療ツーリズム」に着目し、13年度中に、豊富な知識を持つ通訳の情報をリスト化する考えだ。

全国2000人超都市部に集中

 観光庁などによると、外国人旅行者数は昨年12月、初めて年間1000万人を突破。およそ7割はツアーガイドなどがつかない個人客という。旅行者の診察状況に関するデータはないが五輪開催に向けて医療ニーズは高まると予想される。

 医療通訳士協議会(事務局・大阪大)によると、医療通訳は全国で2000人を超えるが、都市部や外国人労働者が多い地域に集中し、地方都市では少ないなど偏在している。同協議会会長の中村安秀・大阪大教授(国際保健)は「潜在的なニーズは間違いなく大きい。外国人も安心して医療を受けられるシステムを作る必要がある」と話す。