訪日客急増、安心医療でもてなす国へ 救急搬送を多言語で

2015年11月7日 日本経済新聞 電子版

海外から日本を訪れる人々が増えるなか、外国人が国内で安心して診療を受けられる医療環境を整える動きが広がり始めている。都市部では救急搬送に多言語で対応したり、医療通訳が常駐する拠点病院を増やしたり。専門家は「訪日客の急増に医療現場の受け入れ態勢の整備が追いついておらず、急がなければならない」と指摘している。
 「店で外国人が倒れた。痛そうだが日本語が話せない」。今年5月、JR京都駅の駅ビルに入る居酒屋の店員から119番があった。駆けつけた京都市消防局の救急隊員は携帯電話で同時通訳サービス会社に連絡。通訳を介して観光客の中国人男性から症状などを聞き取り、病院に搬送した。
 急増する外国人観光客に対応しようと、市消防局は2年前から、119番が入る指令センターや現場の救急隊員が通訳を介して外国人の患者と会話できる仕組みを導入した。患者と隊員が交互に携帯電話で通訳と話し、意思を伝えるもので英語、中国語、韓国語など5カ国語に対応できる。
 同時通訳サービス会社によると、同じ仕組みを取り入れる自治体は増え、全国50以上の消防本部から通訳業務の委託を受けているという。
 東京消防庁は昨年4月、管内に観光名所や外資系企業が多い丸の内消防署(東京・千代田)など8署に、英語で対応する救急隊を配置した。都内で昨年、救急搬送された外国人観光客は前年比25%増の約1500人。総務省消防庁も外国語での救急通報に使えるスマートフォンのアプリの開発を進める。
 言葉の壁から日本で治療を受けるのをためらう外国人観光客は少なくない。政府は2020年東京五輪までに英語以外を含む多言語で対応できるなど、外国人患者の受け入れ態勢が整った「拠点病院」を全国に30カ所設け、医療通訳の育成事業も支援する方針だ。
 ただ、医療機関の中には外国人患者の受け入れに消極的なところも。都内のある大学病院は英語を話せない外国人の外来患者には通訳を連れてくるよう求めている。勤務する30代の男性医師は「言葉が通じないと診察に時間がかかり、ほかの診察に支障が出る」と話す。
 外国人患者の受け入れを巡っては、治療費の未回収トラブルも目立つ。ある病院の職員は「不払いのまま出国されれば、ほぼ追跡できない。未収金は積み上がる一方だ」とこぼす。厚生労働省の研究事業で行われた調査では、外国人患者受け入れの課題に「未収金」を挙げた病院は約6割に上る。
 特に救急搬送は診療前に支払い能力の有無を確認できず、回収できないケースが多い。千葉県内のある病院は今年から、短期滞在の外国人には応急処置後の手術代や入院費の7割を前金で支払ってもらっているという。
 日本の医療の国際化に詳しい国際医療福祉大の岡村世里奈准教授は「訪日客の急増に医療現場の受け入れ態勢が追いついていない。医療機関だけでなく、自治体や保険会社などの企業も含めた円滑な受け入れの仕組みを早急につくる必要がある」と話している。